孤高の天才デザイナーが到達した
“テーラー”という新たなステージ
着る人の個性が表現された世界にひとつだけのスーツ
ファッションデザイナー信國太志──1998年、28歳のときにロンドンでオリジナルブランドTAISHI NOBUKUNIを発表。2004年にはTAKEO KIKUCHIのクリエイティヴ・デザイナーに就任し、2007年にはオーガニックコットンや天然染色を使ったブランド「ボタニカ」をスタートさせるなど、常に独自のスタンス、世界観でファッション界を引率してきた、孤高の実力派だ。
そんな彼が、テーラリングの修行を経て、2011年11月に銀座にテーラーサロン&アトリエをオープン。その名も「THE CRAFTIVISM」。”CRAFT(工芸)”と”ACTIVISM(運動)”という単語を組み合わせた造語だ。特注の真空管アンプや、壁にかかったポップなアート作品、ちょっと高めにつくられた作業机など、テーラーのイメージをくつがえす、こだわりの詰まったスタイリッシュなアトリエは、さすが高感度な信國さんならではだ。
「クラフト自体が運動的ではないところで、”アクティヴィズム”という、ちょっと攻撃的なイメージの言葉と組み合わせると、その対比がおもしろいかなと思ったんです」と信國さんはいう。
今まで積み上げてきた華々しいキャリアの延長線上にあった、テーラーとしての修行。青山にある「マルキース」というテーラーに、それこそ朝から晩まで休みなく一年間通い、職人たちの技を学んだ。ファッションデザインの持つ可能性を追い求めてきた信國さんが、なぜ、テーラリングの世界へと心動かされたのだろうか?
「 “ものづくり”の観点からいうと、デザイナーとして一般的な既製服をつくり続けるのではあまりにも限界がある。ファッションにおいて何が本当の価値かって考えたときに、服の製作にかかる人の手の時間じゃないだろうかって考えたんです。スーツ一着、出来上がるまでに80時間もかかる。今の世の中、どこで洋服がつくられているかなんてわからないところで、マルキースではアトリエのすぐ裏で職人さんたちが黙々とスーツをつくっている。6人の職人さんがいて、もっとも若い方で70代前半です。その姿を見て、ものすごく感動しましたし、異様にも思えた。自分が携わっていきたいと思ったのは、こっちの世界だったんですよね」
ファッションの未来と世の中の経済システムとのジレンマ。日本でいい服を作ろうとすると労働賃金が高くなり、服そのものが高くなってしまう。結果、ファッションは労働賃金の安い地域でつくられたものが主流になる、という現実。貨幣価値の逆でしか、ビジネスは成り立たないと考えたときに、テーラーは廃れてしまう運命なのは間違いない。しかし、そこにじっくり身を置いて、職人たちから服づくりを学ぶことが、自らのこれからのクリエイションに必要だと信國さんは感じたのだという。そして、テーラリングを学んだことにより、服の構造的なことからくるデザインの引き出しが増え、自らが”デザイナーである”という意識が一層、強まった。
「ファッションブランドは着る人のアイデンティティの提供だと思うんです。みんな、”自分は何者か?”という記号(=洋服)を買っている。けれども”40代で、年収はいくらで、○○を着ていて…”、とステレオタイプにカテゴリーされてしまうのはつまらない。お店に来ていただくお客様とは、どんなイメージでスーツをつくるか話をして、デザインを考えていきます。いろいろイメージを持ってくる方もいますけど、まずは裸できてほしい。実際、お任せさせていただいている方も多いです」
いわゆるビジネススーツという考え方ではなく、どこか遊びごころがあって、着てみると羽根のように軽い、その人らしさを反映したスーツ。実際、出来上がった服を見たときの客の反応の大きさに、信國さん自身が驚かされたという。
「テーラリングスーツっていっても、伝統や格式を売りたい訳ではない。むしろ、着る人の個性の実現が僕の目的です。銀座という場所にこだわったのは、壱番館や英國屋がある土地に、こういった個性的な店があると際立つんじゃないかと思ったから。なんらかのアンチテーゼになるかと。僕自身が九州の田舎者なので、銀座をよくわかっていないっていうのも大きいかもしれませんが(笑)」と信國さん。
自分の個性が反映された、自己表現のためのスーツ。そんなオーダーアイテムを持つことは、男性の永遠の憧れといえるだろう。一生着られる、お気に入りの一着を手に入れる代価として、フルのオーダースーツが28万円からというのは、かなりリーズナブル。スーツのほか、シャツや帽子もオーダーすることが可能だ。新世代のテーラーの誕生は、ファッション界に一石を投じることになるか。今後の活動から目が離せない。
THE CRAFTIVISM
http://www.taishi-nobukuni.co.jp