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2022.10.20

トレイルランナー・宮﨑喜美乃が初挑戦したUTMB®レポート

Jeepオーナーでもあるトレイルランナーの宮﨑喜美乃(みやざき・きみの)氏が、8月末に開催された『Ultra Trail du Mont-Blanc(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)』に初出場。3つの国を駆け抜ける過酷なレースの中に感じられる自然の偉大さ、トレイルランニングへの思いを胸にレースに挑んだ宮﨑氏によるレポートをお届けする。

自然を感じ自分と向き合う時間をくれたレース、UTMB®

走距離160kmの山岳を駆け抜けるトレイルランナーの世界一を決める大会、それが毎年8月末に行われる『Ultra Trail du Mont-Blanc(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)』、通称UTMB®である。世界から強者たちが集まり、フランスのシャモニーの街をスタート/ゴールとし、スイス、イタリアの3つの国にまたがる山々をどれだけ早くゴールできるかを競う世界トップレベルのレースに、私は今年初めて挑戦した。

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ジュネーブ空港でレンタカーを借りシャモニーへ向かうと、フロントガラスからはみ出るほどの大きな岩山が私たちを歓迎してくれた。今回は、フランスに詳しい友人がレースのサポートを引き受けてくれた。「雪のついた山がモンブランだよ」と教えてくれたので、屈んで見上げると、そこには太陽の光を浴びた白く壮大な山がどっしりと構えていた。いよいよ来たな、という自分への期待の気持ちと、少し怖いような不安が一緒によぎった。

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翌朝、早速本場フランスのパンを買いに行くと、多くの人が店に並んでいた。朝一番の出来たてのパンを買うことがここでは普通のようだ。朝の静けさとは裏腹に、店内は香ばしく甘い香りのするパンを見た人々で賑わっている。私は数あるパンの中からクロワッサンを買い、宿のベランダで朝食をとることにした。すると山と山の谷間から太陽が覗き込みはじめ、白い光線が街に伸びてきた。数分後には、宿の目の前に立っていた背の高い木々に光が到達し、緑の葉一枚一枚がきらめいた。食べることを忘れ、目を瞑り、木々の擦れる音を聴きながら、朝の冷たい空気を目一杯吸い込んだ。息を吐き出しながら目をゆっくりと開けると、目の前一杯に広がる自然の豊かさに、異国の地に来たことを実感した。

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昨日オーガニックスーパーで購入したフルーツを紙袋に詰め、早速コースの試走をするために車を走らせた。UTMB®のコースでもある、ヨーロッパ最高峰のモンブランの周りをぐるっと一周する『Tour du Mont Blanc(ツール・ド・モンブラン)』のコースは、世界中のハイカーに人気のトレッキングコースである。歩いたり、走ったりするだけでなく、マウンテンバイクやクライミングも有名だ。山の麓には9時過ぎに到着したが、駐車場はすでに多くの車やキャンピングカーがひしめきあっていた。タンクトップにショートタイツの二人組の女性や、愛犬と一緒の家族連れ、ハイウエストのジーンズを履きこなす紳士、それぞれスタイルあるファッションで、それぞれの時間軸で楽しむ様子が日本のかっちりとした山文化とは異なり、とても新鮮であった。

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今回のコースは3つの国を周遊するため、山の中での言葉も多種多様であった。ありがとうと伝えたい時、フランスでは「メルスィ」と言い、イタリアでは「グラッツェ」、スイスでは「ダンケ」と小屋ごとに言い方を変えるのに頭がこんがらがった。それでも現地の言葉は少しでも使えると、その地に馴染める気がする。感謝の気持ちはどこにいてもしっかり伝えたい。

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山地図とGPSを頼りに山の雰囲気を感じ取る。海外レースでは試走できる期間が限られているので、最小限の下見でコースレイアウトを頭に入れ、自分の決めたコースタイムをもとに戦略を構築する。レース本番は、地図で思い描いた世界を実際に走りながら確かめる感覚である。車の場合、ナビで検索すれば行きたい場所まで容易に到着できるが、山を走るためには自分の位置と向かう方角、そして標高や太陽の方角、地質を頭に入れておくことが大事である。この区間を何時に通過するのかで、戦略が変わってくるからだ。

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いよいよレース当日となった。レース会場はこの1週間お祭りのように盛り上がっていたが、この日は少し静かであった。最後に何度もコースを頭に入れ込みスタートラインに着くと、心臓に響くほどのドラムの音が鳴り始めた。会場を埋め尽くす観衆、スタートラインを囲むどの建物の窓からも多くの人たちが旗を振っている。そしてイベンター達のエンターテインメントにより、大衆を扇動させるような歓喜が会場を轟かしている。興奮、不安、動揺、恐れ、溢れ出しそうな感情を私は心の中で沈めさせ、ただ自分のやるべき事に集中した。

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スタートの合図と共に2,500人のランナーが、一斉に走り出した。後ろからどんどん追い抜かれ、トレイルランナー達が前後左右に入り乱れるため、自分の居場所を確保しながら自分のペースを作り出すのが難しい。そして、シャモニーの街を進むがどこまでも続く歓声に驚いた。街から森の中入ったところにレストランがあったが、そのボーイ達が外に出て、一口サイズの紙コップに入れたお酒をトレイに敷き詰め、「景気付けだ!飲んでけ!アレアレ!」と応援している。急な坂道にも声援は止まず約20kmほど先まで続き、一つ目のエイド(給水・給食ができる地点)にやってきたが、ゴールかのような歓喜だ。日本にこんなトレイルランニングの文化を取り入れられるのだろうか。人々が走る人たちを讃え、サポートし、自らが楽しんでいる。カルチャーショックというのは、こういう時に使うのかと思うほど違いを見せつけられた。

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▲写真協力:HOKA®︎

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▲写真協力:HOKA®︎

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▲写真協力:HOKA®︎

18時スタートから3時間30分が経過した31キロ地点で最初のサポートエイドを迎えた。辺りは暗くなったが、声援はまだ止まない。選手達とサポーターたちがごった返し、私のサポーターがどこに居るのかも分からない。なにやら人数規制のため私が来ると予測される10分前にしかサポーターエリアに入れないらしい。「キミノ!」 と大きな声で呼ばれ、やっと出会うことができた。少し焦っている様子のサポーターに対して、各エイドを自分の決めた設定タイムから数分程度の差で収め、順調にクリアしていた私の心情はスタート前より落ち着いていた。いつも通り、用意していたフルーツやスープを飲み、ライトの電池を入れ替え、次のサポートエイドまでの食べ物を持ち、再スタートした。まだまだ余裕はある、登りも鍛えた成果をしっかり発揮できていた。

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ヨーロッパの山はとにかく大きい。走りやすいトレイルだと聞いていたが、登る長さと下る長さが日本とは格段に差がある。すぐには疲労を感じないが、ダメージが蓄積しているのが分かる。暗闇の中、ライトで照らすランナー達の光がこの先の方向を教えてくれる。横では勢いよく流れる水の音が聞こえる。おそらくモンブランの氷河が溶け、ここに流れてきているのだろう。激しい水の音に比例して、温暖化が進んだ結果であることを暗示するかのようだった。モンブランという名は“白い山”という意味である。この山の氷河が無くなる日も近いのではないだろうか、自分にできることを考えながら白い山を走れる事に感謝して走った。

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▲写真協力:HOKA®︎

湯気のように霧が立ち、視界は良くないものの、辺りが明るくなり街に降りてきた。石畳みの綺麗な通りには、石造りや木造の家屋が建ち並ぶイタリアの街、クールマイユールに到着した。朝6時過ぎ、予定通りの時間に到着できた。スタートから12時間経過したので、選手たちもバラけて、先ほどのような混雑はなくスムーズにサポーターと合流した。なにやら焦っている様子のサポーターから「ここから勝負しよう」と声をかけられた。順位は言われていないが、目標とするトップ10から遠く離れているのであろう。現在、81キロ地点、ちょうど半分のこの地点で勝負するには早すぎる。しかし、ここでペースを上げなければ目標には遠く及ばない。サポーターの指示に同意し、ここからギアを変えることにした。しかし、お腹の調子がずっと悪い。レース前からお腹を下し、下りでは衝撃による腹痛のためペースダウンをしていた。エイドに到着する度にお手洗いに駆け込んでおり、タイムロスを大きくしていた。体調は常にサポーターに素直に伝えていたので、その状況を理解してくれつつも、私が掲げる目標に対して貪欲に支持してくれた。ここで勝負しなければ後悔する。後悔はしたくない。

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スピードアップして挑んだグランドコルフェレ峠、どのランナーたちもここで苦しむと言われるが、その意味を身に染みて痛感した。レース前に試走にも来たこの区間、モンブラン山系を見ながら走れるこのトレイルは絶景が広がりご褒美区間だと思っていたが、私の足は次第に重くなり吐き気と頭痛が始まった。気のせいだ、大丈夫、前を見て、と自分を鼓舞するものの、全く制御できない。このままでは悪化させる一方だ、と1分間目を瞑ってから走り出し、さらには3分間座って呼吸を整え走り出したが全く治らず、10分間だけ横になることを決意した。横では次々にランナーに抜かされていくが、一瞬で気を失った。
パッと目が覚めた。かけていた携帯のアラームはまだ鳴っていない。もう行こう、まだ追いかけよう。大丈夫、きっとそのうちこの症状も治るから、気持ちだけでも整えよう。心の中で必死に何度も何度も、もう一人の自分が必死に鼓舞してくれた。

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やっと到着したシャンペラック、予想タイムから1時間半も遅れようやくサポートエイドにたどり着いた。よく頑張った! というサポーターの笑顔にすでに泣き始めてしまった。ここのエイドでは8時間も私を待っていてくれたのだ。126キロ地点、本当であればここから勝負を仕掛けるこの場所で、私はすでに前を追う体力も、ゴールを目指す気力すらも持ち合わせていなかった。なにがダメだったのかこの時点では分からない、順調に走れていたこともあり予想外の出来事に自分の気持ちを抑えることが出来なくなった。

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2日目の夜に入った。予定ではすでにゴールしている時間帯であるが、私はまだ二つの大きな山を残してコース上にいる。眠気がやってきて必死に耐えていると何故か日本語の曲が流れて来た。『上を向いて歩こう』──サポーターが選曲し、ボランティアの方が流してくれたようだ。真っ暗闇の中、前を走るランナーのライトの光と、満点の星空、あの向こうにゴールのシャモニーが待っている。だが、登っても登っても岩山の山頂に到達せず、ランナーのライトと星の光がどちらか分からないくらい上まで伸びている。

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▲写真協力:HOKA®︎

次第に頭の中で誰かが話しかけてきて、私も答えている。何故私は山を登っているのかも分からない、ここがどこかも分からないと思ったら、目の前に家と車がある。ふらつきが酷く倒れそうになり必死にポールで支えると、岩に挟まってポキっと折れてしまった。うわっもうダメだ、幻覚に幻聴は気持ち悪いし危険だ。そう思ってサポーターに電話をして助けを求めた。「音楽聞いて走るといいよ」と言われて我を取り戻し、やっと山頂へたどり着いた。夜も遅いのに「ブラボー!もう下りだけだよ」と声をかけられ、7kmの下りを無我夢中で走った。

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翌日、表彰式を見に行った。24位と不本意な結果でレースを締めくくったUTMB®であった。最低でも10位、表彰台と自分を鼓舞していたスタート前とは違い、背中は丸まり肩が小さく歩幅も狭い。それでも表彰式を見ることは、きっと来年につながるに違いないと思い足を引き摺りながら会場に向かった。すでにステージの周りは大観衆で覆い尽くされており、全く見ることが出来なかった。石造りの台と台の間にできた小さな通りにも人が密集していたが、その隙間からステージを見ることが出来た。横には台の上に乗っている人たちで、私はアーチの中にいるような小窓からステージをみるような形となった。目の前に映るトップランナーが表彰される様子を、私は目を見開き、瞬きもせずに大粒の涙を流しながら見続けた。

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レースを終え、帰国前、静かな朝のシャモニーに最後訪れた。この街にあるカフェは朝7時にはオープンしている。これから山を登るであろう人たちが、テラスでコーヒーを飲みながら、地図を見たり仲間と談笑している。こちらも頬が上がってしまうほど笑顔の人たちが、ゆっくり朝食を取りながら準備をしている。はたまた片手にコーヒーカップを持ちながら、新聞や本をじっくり読んでいる人もいる。常連なのか、道行く人と挨拶を交わしながら朝の時間を楽しんでいる。パンを買い、コーヒーを飲みながら今回の旅をゆっくり振り返った。

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この街に来て気づいたことがある。山の近くに住む人たちは、自然と自分のリズムで山を楽しむ方法を知っている。そこには人が集まり、自然と会話が生まれる。だれもが当たり前のようにアウトドアスポーツに触れることで、160kmを走るランナーたちに共感し、尊敬し、拍手を送ってくれるのだろう。日本でもその共感を生むきっかけを作りたい、そう思った。カフェを出て、車に乗りシャモニーの街を後にした。ジュネーブ空港へ向かう道のりは、行きとは違う景色に見える。少し怖く見えたモンブラン山系は、あたたかく胸を張って帰ってねと、背中を押してくれたかのようだった。来年は必ずこの地で花を咲かせよう。2023年のUTMB®はすでに始まっている。

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Text:宮﨑 喜美乃
Photos:田中 嵐洋

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