Interview

2020.03.12

lifestyle of trail running ~走る。生きる。~

小柄な身体と軽やかな笑顔で過酷な山を走り続ける一人の女性がいる。丹羽薫、44歳。トレイルランニングでここ数年、世界トップクラスの活躍を続けている選手だ。しかし、その道のりは決して順風満帆なわけではなかった。何を思い、なぜ過酷なレースに挑むのか──。丹羽薫にとっての、走ることの意味に迫った。

※この記事はLiart Vol.30を再編集し、転載したものです。

<トレラン>

山や自然に身を置いて、長距離を自力で走破する喜びがある。

ヨーロッパアルプスの最高峰モンブランを取り囲む山岳地帯約170キロを走る『UTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)』は、トレイルランニング(以下、トレラン)における最大のレースである。世界トップクラスの選手たちが集うこのレースで、2017年、丹羽さんは女子4位という大きな記録を打ち立てた。

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トレランには『UTWT(ウルトラトレイル・ワールドツアー)』という世界シリーズ戦があり、2017年、丹羽さんはUTMB4位とレユニオン島(フランス)でのグラン・レイド・レユニオン7位を経て、世界ランキング6位となる。何が彼女を突き動かすのか。その問いに軽やかな笑顔でこう答える。

「長距離の山中を、自分の脚だけで駆け抜けてゴールする。その喜びや達成感がものすごいんです。それを味わいたくてレースに出ているように思います」

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でも、とさらに言葉を継ぐ。
「私は、走ること自体は決して好きではありません。ただ山や自然の中にずっと身を置いていたいという気持ちなんです。だから“トレイルランナー”と紹介されることには違和感があります。“山岳アスリート”が近いかな」

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しかしアスリートという言葉もまた、丹羽さんを十分に表せているのかはわからない。彼女にとって山の中を走ることは、スポーツを超えて生きることそのもののように見えるからだ。
トレランは、丹羽さんの人生やその道のりを大きく変化、発展させるものだったのだ。

<食>

人生そのものを変える食事の可能性。身体は自分が食べるものでできている。

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丹羽さんは学生時代から内面の不安定さと戦ってきた。大学はそれを原因の一つとして中退し、単身オーストラリアへと渡り、馬の調教師として働く道を選択した。6年ほどの滞在の後に帰国して一時気持ちも安定したが、30歳を迎えるころに状態は悪くなった。その時期をなんとか乗り越え2009年、33歳で結婚し、その2年後に、トレランと出会った。すると彼女が抱えてきた問題は徐々に落ち着いていったという。本格的に競技への道を目指すようになると、いろんなことが変わっていった。食べることもその一つだった。

「それまで私は、食べることには本当に無頓着で、健康面では野菜ジュースさえ飲んでいれば大丈夫かな、という程度(笑)疲れていたらビールとつまみだけで済ませてしまったりする夕食も……」
結婚後には、料理することを心がけるようにはなったものの、自分が食物として口に入れるものを真剣に考えるようになったのはトレランを始めてからのことだった。日々トレーニングをするなかで、頻繁に生じる貧血などに悩まされたからだ。
「貧血改善には単に鉄剤を飲むだけでなく、鉄分の吸収を促すためにビタミンやタンパク質も重要だと知りました。それらの栄養素を日々の食事からできるだけ摂取するように心がけると、貧血は自然とおさまりました」

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激しい運動をするアスリートは、一般的な大人の3倍のタンパク質が必要とされる。それゆえ丹羽さんは、朝から魚や肉、納豆や卵を食べ、レース中やレース後もアミノ酸やプロテインをできるだけ摂取する。するとホルモンバランスの乱れが改善され、様々な問題が解消された。
「身体は自分が食べるものでできているということが、いまはとてもよくわかります」
日々、何を口に入れるかで自分自身が変わっていく。そのことを丹羽さんははっきりと自覚した。そして、内面のみならず身体全体の健康を取り戻しながら、さらに前へ前へと、山中を駆けていったのだ。

<家族>

走ることで生まれた 家族や仲間との新しいつながり。

丹羽さんにとって、トレランを始めたことで何よりも大きく変わったのは、人との関係性だと言えるかもしれない。彼女は子供の頃から根っからの動物好きで、人か動物かと問われれば動物の方に強く惹かれる性質だった。

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人づきあいが苦手なわけでは決してないが、人といるより一人の時間を好むという。だが、5歳違いの妹だけは特別な存在だった。精神的に落ち込み、苦しかった時期も、妹が支えとなってくれた。妹と同居していた友人のしのちゃんとも親しくなり、よく3人で一緒に過ごした。
「妹が結婚したら、私もしのちゃんも寂しくなったのかもしれません。ちょうどそのすぐ後に、二人とも結婚することになったんです(笑)」
その後、丹羽さんは夫とともにトレランを始める。彼は元々運動経験が少なかったが、いつしか100キロ以上でも走破できるようになった。いまやさまざまなアウトドア・アクティビティを一緒に楽しむ最高のパートナーだ。そして、妹一家としのちゃんも走り始め、現在、しのちゃんは丹羽さんのレースでのサポート役も務めている。また「チームチョキ」(“チョキ”は丹羽さんの亡き愛犬の名)というランニング仲間も結成され、家族ぐるみの付き合いが続いている。

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▲愛犬マルクと仲睦まじい様子の丹羽さん。マルクは以前飼っていた愛犬チョキの子供でもある。自宅近くの伏見稲荷神社の裏山あたりが彼らのお気に入りの散歩コース。

レースを走る時は一人だが、彼女にとって走ることは人とのつながりそのものなのだ。そして、さらにもう一つ、かけがえのない人との思わぬ関係の変化もあった。
「私は長く、親とは距離がありました。でも私がトレランでいい結果を出したりすると、母親がとても喜んでくれるようになったんです。2019年にニューカレドニアでレースに出場したときは、現地まで来て24時間寝ずのサポートをしてくれました。親の電話に出ないような時期もあったのですが、トレランを始めて、素直に甘えられるようになりました」
変わらぬ笑顔を、少しだけ遠くに向けるような表情で、彼女はそう話すのだった。

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