伝統の技と新しい感性が響き合い 今の気分を伝える鋏のカタチ
「日本のもの作りの凄さをもっと知らせたい」
若き鋏職人が発信するリアルな鼓動
アンティークを思わせる繊細な風情に、鉄という素材の無骨さが絶妙に滲み、思わずデスクに飾っておきたくなる鋏。しかしそんなルックス以上の魅力が、そんじょそこらの鋏では味わえないバツグンの切れ味、使用感にある。「裁ち鋏を作り続けてきた私たちが作るなら、切れ味にもこだわった鋏でないと、というのはまずありました。”見た目だけや”と思われたら恥ずかしいんで」。そう語るのは「多鹿治夫鋏製作所」の4代目、多鹿大輔さん。今も昔ながらの製法で手作りされている鋏があることを知って一度手にとってもらえば、これまでありふれた日常道具としてしか捉えられてこなかった鋏への意識も少しは変わるのではないか。これがTAjiKAの鋏を生んだ発想の軸となっている。
TAjiKAは4代目の意向から生まれたブランドだが、その切れ味の技と粋を担うのは、彼の師であり父である3代目の多鹿竹夫さんだ。「普通の事務用鋏は裏が真っ平らで、刃先が摩耗して傷んでくると奥がつかえて刃先が浮き、すぐに切れが悪くなる。うちの一番の特色は”裏すき”です。刃の裏をすいてひずみをあげることで、刃先が多少摩耗しても、切れ味が長く持続する。この仕組みは、長年裁ち鋏を作り続けているからこそ」。TAjiKAの鋏は、いわば「多鹿治夫鋏製作所」代々の職人の感性を”ぎゅっ”と集めた結晶なのである。
神戸市の北西に位置する兵庫県小野市は、江戸時代から金物で知られる播州に位置。「多鹿治夫鋏製作所」は、昭和初期からこの地で職人や工場向けのプロ用裁ち鋏をメインに製造する老舗の工房だ。近年、国内の縫製工場などの多くが海外移転し、裁ち鋏の需要は減少の一途。日常道具としての鋏も大量生産の安価なものが主流となった今、かつて多くの工房が集まり熟練職人が技術を高め合った播州でも、他の地場産業と同じく職人は激減、高齢化も深刻だ。そんななか、伝統の鋏作りのDNAを継承する新世代が40年ぶりに登場した。
「需要が減るのは予想していたこと。でも、僕の周囲にはファッション業界など”ものづくり”に関わる人も多く、そんな人たちに向けて良いものを作っていけばシェアはとれるだろうと思いました。ただ、いくら”良い鋏です”と言っても、大勢に知ってもらうには誰もが受け入れやすい普段使いの鋏も必要。それが物足りなくなった人には主力の裁ち鋏をと、こちらもパッケージングを変えアピール中です」
現代の若者らしく繊細でハイセンスな感性を持つ、そんな大輔さんの参入により、彼のネットワークから派生したユニークな注文が舞い込むようになる。例えば、人気雑貨ショップからの「アンティーク風で、尚かつ切れ味のいい鋏を作れない?」だとか、「バリカン型の剪定鋏を作ってほしい」という無茶ぶりとか。こんな要望に親子が真摯に応えた結果、前者からironシリーズ、そして後者から、スタイリスト岡部文彦氏が主宰する農芸園芸集団VALLICANS、神戸発の人気セレクトショップ『乱痴気』とのコラボによる「剪定バリカン」が誕生した。また、銅で温かみある風合いを表面に施したcopperシリーズは、3代目が長年作りたかった鋏を形にしたもの。「かっこいいショップでも安いプラスチックの柄の鋏を使っていたり。それがどうも納得いかなくて」こんな鋏を提案したかったのだと大輔さん。
いずれも「普段使いに」といえど、作りはプロ仕様ゆえ針仕事からガーデニングまで幅広く使え、長く使ううちに味わいを増す風合い、そして切れ味の良さも格別。惚れ込んだ目利きショップの取り扱いは海外にも及び、4代目の野望はじわじわ実現中のようだ。
TAjiKA
多鹿治夫鋏製作所