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2012.01.11

人種、民族、国境、自然…… 地図上にはない「境界」を巡る

あらゆる場所に存在する境界を再認識し、
対話を誘発するYATAI(屋台)という装置

  • main119 人種、民族、国境、自然…… 地図上にはない「境界」を巡る軍艦島でのYATAI TRIP。栗林さん曰く「かつての繁栄から時が止まったような場所には大きなエネルギーが渦巻いていました」。©Rai Shizuno
  • main24 人種、民族、国境、自然…… 地図上にはない「境界」を巡る多民族・多言語国家として知られるネパール。「屋台の形が死人を運ぶ器具と似ていたそうで誤解を招いた」というエピソードも。©Rai Shizuno

sub1_thumb6 人種、民族、国境、自然…… 地図上にはない「境界」を巡る

フランスとスペインにまたがるバスク地方。文化的にも非常に誇り高い民族で、バスク国としての民族独立運動が起こっている。©Rai Shizuno

sub2_thumb5 人種、民族、国境、自然…… 地図上にはない「境界」を巡る

栗林隆さん。プロジェクト以外の旅は、地図も持たず目的を決めずに、降りた地で自分の感覚を頼りに町を歩く一人旅が多い。©Rai Shizuno

「旅」とは一体なんなのだろう? 辞書を引くと「自宅を離れて、ある期間他の土地で、不自由に暮らすこと」(新明解国語辞典第二版)とある。名所旧跡を巡るのも旅だし、南の島でのんびり過ごすのも旅、前人未到の地を目指すのも、すべて「旅」だ。

「旅を重ねるごとに問題が積み重なるので、正直楽しい旅とは言えません(笑)。でも問題があるからやらざるを得ないし、旅を続ける意義があるんです」というアーティストの栗林隆さんが行っているプロジェクト「YATAI TRIP」も、旅のひとつのスタイルだが、私たちが考える「旅」とは少し違うようだ。

栗林さんが作品の中で扱うテーマは、「境界=border」。YATAI TRIPでは、まずは境界をキーワードに目的地が選ばれる。そして、現地で一輪車と木材を調達して屋台を作り、食べ物やお酒を揃えて目的地まで運び、その場で文字通り屋台を開く。すると、自然とそこに人が集い、話し、食べ、歌い、酒を酌み交わす。屋台という空間がコミュニケーションを誘発する舞台となるのだ。一輪車は移動にも便利で、どこの国でも調達できる。また、労働者階級の象徴であることも人が集まりやすいポイントになるという。

「屋台というのは、何もないところに”場”を作り空間を変えるもの。閉じている時は長屋のような感じでそこに立っていて、夜になると花開く。人はまるで花に群がる蜜蜂のように屋台に吸い寄せられる。この屋台は楽しく歌って飲む、と同時に境界にある真実に目を向け、新たな議論を生む場にもなるのです」

栗林さんは、これまでに、韓国、シンガポール、ネパール、スペインのバスク地方、長崎の軍艦島等でプロジェクトを行ってきた。それらの地域は、それぞれに問題を抱えている。例えば、朝鮮半島には大韓民国と北朝鮮を分断する、38度線がある。

「やはり国境の側には、武装した兵隊もいますしものすごい緊張感がある。しかしそうした場所にも普通に暮らしている人達がいる。屋台を開けてライブをした時には、近所のおじいさんがふらっと自転車で現れたりして。そういう違和感や温度差みたいなものは、マスコミ報道ではまったくわからない。だから自分の肌で感じたい」

最近は軍艦島とその北にある高島でも屋台を広げた。軍艦島とは長崎県の端島の通称で、20世紀の初頭より炭坑の島として栄え、日本で初めて集合住宅が建設。一時期は世界一の人口密度を誇るほどの繁栄を見せた島だが、エネルギーが石炭から石油に変わったことで産業は衰退し、1974年の炭鉱閉山以降は無人島と化している。高島も同じく炭鉱として栄えたが、1986年に閉山後に衰退し、人口は500人程度だ。栗林さんは、長崎市に許可を取り軍艦島で屋台を開き、次に、軍艦島の北にあり現在でも人が住む高島で屋台を10台並べ、住民たちとエネルギーについて対話をした。

「石炭から石油に代わったことで、島が一つ失われた。さらに僕らは原子力に移ろうとした。そして地震が起こった。軍艦島は産業の負の歴史として終わったことになっていますが、このままいくと日本列島全体が軍艦島になってもおかしくない。僕らは、今この場所で語る必要があったんです」

私たちは栗林さんが巡る境界の旅を、アート作品として映像やインスタレーションで追体験することで、それぞれの境界で起こることに目を向けられる。

「境界っていうのは、国境とか特別な場所だけではなく、本当にどこにでも存在するものです。人間と自然、動物同士、植物同士にだってきっと境界は存在する。それをなくせばいい、という風に答えを性急に出さずに、まずは作品を通して、普段感じている境界について、もう一度まなざしを向けるところから始められればと思っています」

TAKASHI KURIBAYASHI

https://www.takashikuribayashi.com/