「なぜ?」から生まれる空間の新しい価値
数値にできない快適さや、
自然のうつろいが作り出す美しさをカタチにする
長崎港を臨む斜面に計画されている住宅、ホテル、商業施設からなる複合施設「THE WATER CLIFF(仮称)」。斜面に作られる住宅には屋上緑化を施し、てっぺんに作られるホテルからはその緑越しに海を臨む。この敷地そのものの美しさをそのまま建築にしたような設計は、2000年に「SUPPOSE DESIGN OFFICE」を立ち上げ、近年国内外のさまざまなプロジェクトを手がける注目建築家、谷尻誠さんによるものだ。これまでも斜面地の建築を数多く手がけてきた谷尻さんゆえ、思わず「斜面がお得意なんですか?」と訊ねてしまった。
「いや、得意と言うか(笑)、みんなが価値がないと思っているものを別の視点で見てみたいんです。なんでみんな『ダメ』って言うんだろうって」
たとえば、廊下。一般的に住宅の中で、廊下はムダなスペースとされがちだ。そこで谷尻さんは「なぜムダなのか」を考える。
「ムダなのは使い道がないから。なぜ使い道がないかと言うと、狭いからですよね。じゃあ、廊下が広くなれば? 廊下は部屋になり得て、新しい価値を持った空間になるでしょう。そんなふうに、価値のないと思われているものに、新しい豊かさを作り出したいんです」
先入観や既成概念にとらわれず、「なぜ? どうして?」と子どものように常識を超えて疑問を抱く(谷尻さん曰く「子ども化」する)ことで、新しい考え方を見いだす。あるいは、名前を取り去ってモノをゼロから見つめる(曰く「原始人化」する)ことで、「これはなんだろう? どう使おう」と、新しい発想が生まれてくるというわけだ。
建築というのはひとつの「問題解決方法」の提示でもある。そのため、谷尻さんは考えていることを言語化し展開させていくことで問題提起するという。問題提起することが解決策の提示につながるからだ。
ある観光地の展望台のコンペに谷尻さんが考えたのは「見えない建築」だ。自然豊かな山の上というロケーションゆえ、「そもそも展望台なんていらないんじゃないか?(笑)」という疑問からスタートした谷尻さんのプランは、公園のフェンスなどによく使われるスチール網を使用したもの。遠くから見ると建物の輪郭が周囲に馴染んで姿を消すという、「自然との調和」を図った斬新な提案だった。
「建築って好き嫌いがあるじゃないですか。でも、海や空や山を嫌いな人っていない。自然はみんなから好かれてますよね。なんで好かれているのか考えたんですけど、常に変化しているからじゃないか、と思うんです。建築は完成すると変わらない。だから飽きられる。それで、建築を未完にするにはどうしたらいいか、自然のうつろいをどうやって人の手で作り出せるかを考えています」
そんな思いで谷尻さんが初めて制作したアート作品が「HORIZON」。ずらりと並べた温度計が常に温度の変化に合わせて水平線を描くように変化する。環境の変化、うつろいを数値ではなく目で見て感覚的に捉えられる作品だ。
谷尻さんの作品に息づいているのは、誰も見たことのないような衝撃的な新しさというより、誰もがよく知っているものに今までにない角度から光を当ることで見えてくるやさしく心地よい新鮮さ。当たり前のことを見つめ直すことで新しい豊かさを生み出し、自然のうつろいや屋外の環境を建築に表現しながら、快適さとは数値ではなく、そこに居る人が身体で感じるものだということ、私たちに改めて思いださせてくれるのだ。
SUPPOSE DESIGN OFFICE