少年の日の宝物を探す気分で どこにもない、そこにしかない世界へ
兄弟のイマジネーションが凝縮した2つの店を
ひとつのビルの中であえて行き来するワクワク
たとえば、店の立地を自分のバンドの立ち位置に置き換えてみる。オリコン1位でもないから中心部でもないし、インディーズでもないからマイナーすぎる地の利もNG。福岡・天神からほんの少し離れた地区の警固は、まさに、その真ん中をいくようなエリアだ。そして、そのごくごく普通の住宅街の見通しのきかない通りを抜けるとあらわれる、今ドキ看板も何もない古いビルを丸ごとショップにリノベーションしたのが「krank / marcello」。オープンして10年、福岡ではまさに知る人ぞ知る店である。
元バンドマンでもあって、アパレル~ヴィンテージショップを経て独立した兄の藤井健一郎さんとインテリアショップ勤務を経て渡英していた弟の輝彦さんが、もともと別の場所にオープンした洋服と雑貨の店「marcello」。その後、今のビル1階にフランス、ギリシャ、ルーマニアなどの古家具を扱う「krank」をオープンさせた。当初別々だった2つの店だが、現在はひとつの場所になり藤井兄弟がバイイングだけでなく、内装デザインからインテリアコーディネートまでをすべて手がけている。
ところで、気になるのはその店名。聞けば、無類の映画好きだという兄の健一郎さんが、短編映画で成功を収めたフランスのジャン=ピエール・ジュネ&マルク・キャロ監督の長編デビュー作である『ロスト・チルドレン』がとにかく大好きで、その登場人物から拝借したものだとか。「この映画で美術監督も兼任したキャロの言葉で”美しいのはなにもギリシャ彫刻だけでない”というものがあるのですが、彼の作品の中でも特に意外性と創造性が満ちた秀逸な作品で、絵としての完成度がすばらしいんです。ここの店作りに関しても、無骨な古家具に僕らがメンテナンスをすることで魂が宿るというか、デザイナーズ家具などとは違った、想像力をかき立てられるものを提案していきたいですね」とは兄の健一郎さん。
そして、その”イマジネーション”をもっとも分かりやすく表現しているのが1階の「krank」から3階の「mercello」に行くまでのアプローチだ。3階を目指すにはいったん外に出て店の横にある細長い階段を上り、芝生のある屋上に出た後、屋上からの小さな階段を下ると「marcello」に続く屋根裏部屋があらわれる。もちろんデザインしたのは兄弟。天井が低いため頭をぶつける可能性もあるけれど、それが子どもならそんなシチュエーションにむしろ舞い上がったり、その正体が不明でも何かがそそられるビルがあれば好奇心のままに足を踏み入れるだろう。たとえるなら童心に戻ったような感覚が、そこには確実に存在している。
決して入りやすい店ではないけれど、そんな我が道を貫く姿勢に共感したコアなファンが集ってくる店。最近はこの空間を気に入った某有名ブランドからも依頼が舞い込み、取り扱いを開始した。
たしかに「marcello」では滑車や定規を彷彿とさせる什器に陳列された洋服、壁に掲げられた飛行機の木製模型など、どのシーンを見ても独特でハイセンス。にもかかわらず、そのどれもがぬくもりのあるウッドで統一されているため、大人びることなくどこかホッとできる世界観が実に居心地がいい。
どこにもない、ここにしかない世界。そしてそこにあるものを自分の日常に持ち込むことで、今までの情景が今までとは変わって見えてくる感覚。
「どこそこのモノだからということよりも、そのモノの持つ独特の雰囲気、この店の温度感をむしろ感じてほしいと思っています」
たとえどんなブランドのものであってもこの店にかかれば、あえて無名のアイテム。ありのままの感性に後押しされて手に取った名もなき何かは、きっと少年の日の宝物を思い出させてくれるにちがいない。
krank / marcello(クランク / マルチェロ)