帆船に乗り込んでカカオを調達
兄弟のロマンが詰まったチョコレートバー
そのこだわりぶりはまさに男の凝り性
自由なスタイルで味わうのがNY流儀
ここ最近、NYの高級スーパーで見かけるようになったグッドデザインのラッピングペーパーに包まれたシンプルなチョコレートバー。「マスト ブラザーズ チョコレート」はマンハッタンの対岸、イーストリバーをわたってすぐのブルックリンはウィリアムズバーグにある、ニューヨークシティでも一番スタイリッシュとも言われるエリアに約2年前にオープンしたチョコレートファクトリー&ショップ。店名の通り、リック・マストとマイケル・マストという”Mast Brothers = マスト兄弟”がオーナーだ。
はじまりはフードビジネスに関わっていたことから料理学校に通っていた兄リックが、ある日自宅のキッチンで、実験的に素材にこだわったチョコレートを作ってみたこと。そこからパッケージデザインも目を引くようなチョコレートバーのスタイルを生み出し、当時は金融系のビジネスマンだった弟のマイケルと一緒にブルックリンのフリーマーケットで売り始めたところこれが好評で、小さなキッチンスタジオを借りて本格的に生産・販売をスタート。現在の場所に今のファクトリー&ショップをオープンすることになった。
「今までは生産に重きを置くため、限られた時間、かつ週3回しかショップをオープンしていなかったけれど、この間、数軒先にファクトリーを拡張しました。ショップも”テイスティングルーム&テストキッチン”としてオープンしたばかり」とこの秋、また新しいスタートを切った興奮を語ってくれた兄弟だが、たしかにこの店の生産プロセスは凝りに凝っている。
なぜなら、全7行程のうち、個人製菓業の場合は業務用のカカオペーストの固まりを購入して第5段階の「テンパリング」(カカオペーストを撹拌させながら溶かす作業)から入るのが一般的。だが、マスト ブラザーズではその前の4段階、まずパットに均一に拡げたカカオを中温のオーブンで温めるようにロースト後、カカオを軽く乾燥させ表皮をはがれやすくさせ、こんがりとした風味を与える1段階目の「ロースト」、次にカカオの殻とカカオ豆を分離する2段階目の「セパレート」、殻を取り除いたカカオ豆をぐるぐると回転させ、ざらついたテクスチャーを艶のある液体にさせる3段階目の「グラインド」、ワインやウィスキーのように1~3ヶ月ほど熟成させることでより深い味わいを追求する4段階目の「エイジング」まで、すべて手作業で進めているのである。
さらに、原料となるカカオの調達に関しても自分たちで担当。現在、プエルトリコやベーリーズなど7つの異なる地域のカカオを仕入れているが、ドミニカ共和国のカカオファームには船長を仕立て、なんと帆船で買い付けに行くことも! マサチューセッツ州のケープコッドを出発して、ドミニカで荷物を積み込み、ブルックリンの港湾地域レッドフックまで2週間の航海。船で買い付けにいく発想はいったいどこから?
「実際に会って顔を知っている人たちの作るカカオに信頼を寄せているのもあるけれど、一言でいえばDream! 夢です。船で買い付けにいくのはずっと憧れでした。帆船で行けば風力を使うからエネルギー資源の節約にもなるし、エコロジカル・フットプリントをなるべく低く抑えるというファクトリーのポリシーにもぴったりだった。一袋60~70kgのカカオバッグの積み降ろしは予想以上にハードワークで、昔から港で働くおじいさんが『こんな光景は1939年以来見たことがない!』って驚いてましたね」
ほかにもオーガニックシュガーはルイジアナから、ナッツ類はカリフォルニアからと使用する原料はなるべく国産のものを選び、ラッピングペーパーの印刷も地元ブルックリンのプリントスタジオに依頼。環境に配慮しながらコミュニティのつながりを大切に、コストや利便性ばかりを優先せず自分たちのポリシーに合った方法を選択している姿は、甘ったるいイメージとは無縁の、新しいアメリカンチョコレートのカテゴリーを感じさせてくれる。
ちなみに、拡張したばかりのファクトリーのドアを開けるとすぐピアノがあって、その横には生ビールサーバーも。スタッフか誰かの弾き語りを聞きながら、ビールに合わせてチョコレートを味わうようなシーンもあるのだろうか。
「チョコレートそのもののフレーバーを楽しめるなら、どんなスタイルでもOKだと思っています。合わせるほかのフードやドリンクも、好みで探してみてほしい。チョコレート自体の味を知るためには、口に入れたらよく溶かすのがコツですよ」
マスト ブラザーズ チョコレート