地域としっかりつながりながら 子どもの創造性を育む”まちの”保育園
地域住民の憩いの場となるカフェなども併設、
閑静な住宅街にたたずむ新たな幼児教育の現場
2011年4月、東京・練馬区にオープンした「まちの保育園」。閑静な住宅街にたたずむ外観は、それだけでおしゃれなレストラン? それともギャラリー?と見まごうほど。さらに園舎の入り口には園児や地域の人が個展を開いたりするギャラリースペースや、地元の人気ベーカリーがプロデュースするカフェも併設されていて、従来の保育園のイメージをあっさりと覆される。
運営するのはナチュラルスマイルジャパン株式会社代表取締役の松本理寿輝さん。大手広告代理店の営業、ベンチャー企業の経営者を経て転身したという、希有なキャリアの持ち主だ。
その松本さんが子どもの教育施設に興味を持ったのは大学在学中のこと。
「大学時代に児童養護施設でボランティアに参加したことがあるんです。家庭の事情などで施設に預けられていて、それでも子どもたちが一日、一日を大切に生きている姿に感銘を受けました。子どもって素晴らしいな、と」
以来、幼児教育に携わりたいと、独学で研究を続けた。そんな中、2001年ワタリウム美術館で開催されていた展示で、北イタリアのレッジョエミリア市の教育アプローチに出会い感銘を受け、いつかこれをやりたいと夢に見た。大学卒業後、広告代理店に就職。「教育や保育の本質」というコミュニケーションを学び、その後、ベンチャー企業を仲間たちとスタートさせて、経営を学んだ。「どの事業もそうですが、福祉や教育は、理念と経営のバランスが大切です。引き続き、経営をしっかりと学んで行かなければならないと思います」
そして、会社が落ち着いたところで、長年の夢だった保育園開園へ向けての準備を開始。都内の保育園で修行を積みながら、国内外のさまざまな幼児教育、子ども教育のメソッドをリサーチした結果、松本さんが最も共感を覚えたのが、やはり学生時代に感銘を受けたレッジョエミリア教育アプローチだった。その子どもの可能性を引き出すことに街ぐるみで取り組むというスタイルは「まちの保育園」の教育方針のベースになっている。
「今の幼稚園、保育園のあり方というのは、子どもたちを安全、安心な環境に、と過敏に反応しすぎて、地域から遮断されています。もちろんセキュリティは徹底すべきですが、その上で、もっと地域に開かれた保育園があってもいい。0~6歳という時期に関わった人物は、子供の人格形成に大きな影響を与えます。だからこそ、地域の大学や小学校、商店街や高齢者施設などと連携を計って、子どもにあらゆる個性、才能と接する機会を作れたらと思っています」と松本さんは語る。
まちの保育園の特徴的な試みのひとつとして”ボランティア制度”がある。研究者などの有識者やクリエイター、学生などありとあらゆる肩書きの人がボランティアで参加。朝と夕方、スタッフと子どもについて密な対話をするもの。子どもたちがさまざまな個性や才能と触れ合う機会でもある一方、参加者からは「子どもたちの自由な発想に刺激された」という意見が多いのだとか。
さらに、「まちの保育園」では子どもたちにあまり「ダメ!」と言わない。彼らを一人の人格として接するため、なぜそれがいけないのか、子どもたちが納得するまでコミュニケーションする。そして、彼らが今、何に興味があるか、何がしたいかということに基づいて、その才能を伸ばす環境を提供していく。また、遊びを限定してしまうような遊具は置かず、遊びを拡げるような素材(木片や石、ネジといったもの)を用意し、遊びの創造力を伸ばしていく。
隣接のカフェ「まちのパーラー」は、地域の人たちの憩いの場所。子どもを迎えに来たお母さんやお父さんが立ち寄ったり、近所の住人がお昼を食べたり、学生がパンを買いに来たりと、さまざまな人が利用している。ガラス張りなので、カフェと園内双方から互いを見渡すことができるのが楽しい。松本さん曰く「カフェが保育園の子どもたちや保護者の方々と地域を結ぶ大切な場になる。パーラーとも連携しながら企画を進めて行こうと思っています」
教育の重要性が叫ばれ続けて久しい今、また震災後の日本にあってこれまで以上に地域の絆が求められる今、親や大人が幼児教育の現場にどのような選択肢があるのかを知ろうとする姿勢はいっそう大切なものになっている。この保育園の登場は、これからの幼児教育や地域のあり方を考えさせられる、いい機会となるのではないだろうか。
まちの保育園 小竹向原