トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

苦しいレース中に見た夕陽の美しさ

━━一体どんな場所でレースが開催されたのですか?

今回の舞台はアメリカのコロラド州、デンバー空港からクルマで6時間ほど南下し、1800年頃にゴールドラッシュで栄えたシルバートンがレースのスタート地点です。人口は650人ほどの小さな町は、映画に出てくるような西部劇の雰囲気を今でも残しています。観光客向けの個性豊かで賑やかな看板のお店が立ち並び、街路には大きなオフロードタイヤを装備したJeepやビンテージカーが土埃をあげて行き交っていました。まるでタイムスリップしたかのようで、初めて目にする景色に心が躍りました。

DSC_4828 トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

DSC_4834 トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

スタートの町であるシルバートンは標高2,840m、スタートしてすぐに3,940mの山へ一気に登ります。ここからは92km地点まで3,000m以下へはおりません。山頂には雪がまだ多く残っていて、選手たちが走りやすいように階段に削られていたり、雪のトンネルが掘られていたりしました。ハードロックのコース上で最も標高の高い山は、60km地点にあるハンディーズピーク4,284mです。これは私の人生で到達する一番高い場所でした。
この山からの景色がコース上で一番興奮しました。こんなにも360度広がる山の景色は人生で初めてです。夜に迎えたクログレスカンティーンは、雪が冷え固まり、氷の壁となって私に立ちはだかりました。レース中に初めてクランポンを装着し、ヘッドランプで足元を照らしながら滑落しないよう慎重にクランポンの爪を雪面に刺しながら登りました。やっとのことで登った山頂では、大会のボランティアスタッフがすぐさま膝の上にブランケットをかけて暖めてくれ、温かいスープを出してくれました。そしてこのエイドステーションでは名物となっているウイスキーを満面の笑顔で差し出してくれます。私は飲まなかったものの、香りだけ嗅がせてもらうとかなりのアルコール濃度にびっくりし、その場が笑いで包まれました。朝を迎えたレースの後半には、四つん這いになってよじ登る岩のガレバが疲れ切った私の足を阻みました。落石をしないよう、慎重に登りますが、思うようには登れず時間がかかりました。しかし、山頂から見えるコバルトブルー色をしたアイランドレイクという湖は宝石のように光輝き、苦しんで登った私の身体を軽くしてくれるようでした。
ハードロックは大会コンセプトに【ワイルド&タフ】を掲げています。その言葉の意味が何度も何度も感じられるトレイルでした。

DSC_2571 トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

━━過去にない大自然の中でのレースだったと思います。ハードロックのレース展開で苦しんだことや、レース中の喜びを教えてください。

スタート直後、女性選手3人が私より前に飛び出しました。その中の一人は世界ランキングトップのランナー コートニーでした。彼女の走りは私のペースよりも明らかに早すぎたため、少し後ろの位置でもう一人の選手と一緒に走り出しました。トレイルが狭くなった瞬間にトップ集団は見えなくなり、自分のペースで進んでいると、一つ分岐を間違えてしまったため一緒にいた選手とも離れ、スタートして5kmほどで一人旅が始まりました。

DSC_3798 トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

15km地点にあるカニングハムという最初のサポートエイドまで少し時間がかかったこともあり、前の選手に追いつこうと少し焦ってしまったのが今思えば後半のバテに繋がったかもしれません。48km地点のサポートエイド「シャーマン」では、スピードをあげたつもりなのに、予想タイムより遅れ、昼間の猛烈な暑さに参ってしまいました。予想以上の暑さに斜面に残る雪を帽子の中に入れ、ぼーっとする脳を正常に戻そうと必死でした。夕方4時過ぎ、71km地点のアニマスフォークスのサポートエイドでは予想タイムから1時間以上も遅れましたが、夕方に差し掛かるころ暑い時間がようやく終わり、やっと身体が動き出しました。峠から見た夕陽がとても綺麗で初めてレース中に美しさで泣きました。

DSC_4077 トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

夜の10時を過ぎて到着した、94km地点のサポートエイド「ユーレイ」からはペーサーと呼ばれる仲間のランナーを一人付けることができます。私はボルダー在住のアンソニーという男性選手にペーサーをお願いすることができ、今度こそ前に追いつくぞと二人で気合いを入れて走り始めました。ヘッドライトを照らし、前を行くアンソニーに必死についていきますが、登りになった瞬間に全く足が動きませんでした。強気にスタートしたユーレイでの気持ちとは裏腹に眉間に皺を寄せ登ってしまいます。アンソニーが私の顔を見て「スマイルフェイス!」と何度も声をかけてくれ、私もその声かけに何度もこたえました。しかし、日中の暑さが嘘だったかのように上着を2枚羽織っても凍える寒さに、眩暈と吐き気が一気に襲いかかり、足を一歩ずつ進めるのがやっとでした。

DSC_4700 トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

DSC_4169 トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

深夜2時、112km地点の雪の壁を登攀する「クログレス・カンティーン」という峠のエイドに到着すると、前を走っていた4位の選手がエイドを出発するところでした。スタート直後から久しぶりに女性選手に会い、前を追い抜くぞという強い気持ちが身体の中に復活しました。しかし、4位の選手は私の顔を見るなり、一目散に走り出したため、追いかけても彼女のライトははるか遠くにしか見えませんでした。

DSC_4274 トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

120km地点のサポートエイド「テルライド」では、深夜に到着予定がすでに夜が開けそうな時間になってしまいました。ここまでのトレイルで足がふらつき捻挫をしてしまい、気分はまたも落ちてしまいました。ここでは今回最大の休息タイムを取り、メンタルを回復させました。ここから後半の登りはとても長く厳しいことを知っていたので、溜まった身体の疲れではスピードを上げられる気がしなかったからです。なんとかサポーターに声をかけてもらいエイドを出ましたが、足は当然ながらそんな簡単に回復することはなく、そこから無心に足を動かし前に進むしかありませんでした。

DSC_4240 トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

しかし、ここで後ろを走っていた男性選手に追いつかれてしまいました。アンソニーが声をかけてプッシュしてくれ、なんとか私もそれにこたえようと必死で前を向きました。すると、夜中に出会った4位の女性選手を捉えることができたのです。追い抜かれないよう夢中で登った山頂では、長い夜が明けて、遠い大地から上がったオレンジ色の朝日がそれまで冷えきっていた身体を温めてくれました。雪がまだ多く残る稜線をキラキラと照らし、その美しさにアンソニーと二人でハグをして喜びました。

DSC_4398 トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

133km地点の最後のサポートエイド「チャンプマン・ガルチ」では、とにかく急ぎたいとサポーターを急かします。なんとか4位を死守し、あわよくば3位を狙いたいと、食べられるものを口に入れて、すぐさま走り出しました。笑顔が戻り、自分でも安堵しました。しかし山を登る途中で、先ほど食べたものを急に嘔吐してしました。せっかく摂取できたエネルギーが吸収されずに全て出てしまったのです。ここから先、サポートエイドはありません。最小限の食べ物で胃腸を回復させ、どうしたらスピードを上げられるか、朦朧とする頭で必死に考え前に進みます。ここまできたら、みんなキツさは同じだ、そう自分を鼓舞し前を向くしかありませんでした。

DSC_4435 トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

最後の山を登り切ると、色とりどりの高山植物が咲き乱れていました。優しく冷たい風が疲れ切った身体を通り抜け回復させてくれました。ゴールであるシルバートンの町へ一気に下る中、スピードを上げられない足に悔しさを感じていました。レース中に何度も川を渡りましたが、最後の川は水量も勢いも一番すごく、必死にロープにしがみついていないと流されそうになるほどでした。

DSC_4622 トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

ゴールまであと数km地点、少しの登りで力さえ残っていれば大したことがない坂なのに、心が折れそうになりました。何度も後ろを振り返りながら、もう前だけを向けよと自分を鼓舞しなんとか登り切りました。やっと見覚えのある町が見えました。34時間前にスタートしたシルバートンに戻って来られたのです。ここまで来られたことの嬉しさで気持ちはいっぱいでした。自分が設定した目標の予想タイムより大きく遅れ、そして4位と悔しい結果ではあるものの、それを全て吹き飛ばすほどの喜びに満たされました。この大自然を全て楽しめたこと、仲間とともに最後まで諦めずに突き進んできたこと、この大会に関わる人々、山で会ったたくさんの人々と言葉を交わし、この地へ戻って来られたこと全てに感謝しゴールのモニュメントにキスをしました。

DSC_4707 トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

━━コロラドの山岳地帯を走らせた『ジープ ラングラー(Jeep Wrangler)』。どんな印象を持ちましたか?

ラングラーはこれまで日本でも乗ったことはありましたが、こんなにもアウトドスポーツと相性の良いクルマだということに改めて驚きました。モデルは違えども、日本で乗っている自分のクルマ(『ジープ コンパス(Jeep Compass)』)に愛着が湧きました。ハードロックの開催された山域であるサンファン山脈は、ゴールドラッシュの面影が残る山岳地帯です。当時炭鉱者が行き来したオフロードは今ではアクティビティの一つで、Jeep乗りたちの遊び場となっています。

DSC_4832 トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

行き交うクルマのほとんどがラングラーだったことには本当に驚きました。泥だけのクルマを誇らしげに乗りこなすドライバーの顔を見るのが、今回の旅の一つの楽しみになる程でした。レース中には、アメリカのランナーに「君は日本から来たのか? 僕は日本車に乗っているんだよ!」と言われて、「私はアメリカのジープに乗っているよ!」と二人で笑いました。

DSC_1745 トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

━━日本ではなかなかドライブすることのできない本場のオフロードはどんな経験となりましたか?

今回の旅で人生初めてクルマで川を渡りました。実はラングラーが流されるのではないかと不安だったのですが、川の勢いにまったく微動だにせず、前へ進んだときに、緊張した顔が笑顔に変わりました。大きな岩が転がるオフロードもなんなく走り、だからこんなにタイヤが大きいのかと納得させられました。ラングラーを運転すればするほど、次の凸凹はどこだ、川はないのか、とバッドコンデイションを待ち望んでいるかのような気持ちになった自分に気づいた時、とても驚きました。

DSC_3625 トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

DSC_3447 トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

━━ラングラーを使ったコロラドの遊び方はどんなものでしたか?

ラングラーでしか通れない道がたくさんありました。ラングラーのドライバーは皆勝ち誇ったような顔で運転しています。隣に座るパートナーや、後ろに座る家族は揺れに耐えながら山の中に入っていきます。誰よりも楽しんでいるのがドライバーであるという光景にカルチャーの違いを感じました。みんなオフロードでは助手席に座るのではなく、自身で運転したいというのが当たり前の様でした。

DSC_1626 トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

コースの試走中に出会った方はラングラーにたくさん付けたJeep認定バッジを誇らしげに見せてくれました。Jeepで走破した峠をアプリに登録するとJeepからそこの峠のネームバッジが送られて来るそうです。こんな遊びがあるのもアメリカならではですね。

DSC_1766 トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

DSC_1762 トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

遠くまで楽に行けるのがクルマの良さと思っていましたが、オフロードを楽しむためのクルマ選びに視点が変わった時、クルマに付いている泥の跳ね方に目がいくようになりました。このラングラーはどんな道を通ってきたのだろうか、このラングラーは何年くらい乗っているのだろうか、こっちははこんなところまでカスタマイズしている、そんな風にクルマを見るのは初めてでした。もっとラングラーでオフロードの山道を走りに行きたいと山遊びの選択肢が増えた瞬間でした。

DSC_3674 トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

━━ラングラーの走破性はどうでしたか?

川をはじめて渡った時、自分が怖がる分だけハンドル操作に影響してしまうことが一瞬で分かりました。ラングラーに身を委ねた瞬間に、まっすぐ川を通り抜ける安定感にとても興奮しました。2回目に川を渡ったときは、もう何も恐れるものはなく次の川はどこだ、とワクワク感に変わったのをよく覚えています。フロントガラスからは全く見えない急勾配の下り道も、ガクン! という衝撃がなく、少しずつ明らかになる斜面に私の気持ちもゆっくり準備ができました。こんな岩場も登れてしまうのかとアクセルを勢いよく踏んでしまいそうなくらい、楽々乗り越えるラングラーがとても頼もしくなりました。

DSC_3636 トレイルランナー宮﨑喜美乃が参戦した世界屈指の山岳レース Hardrock100

●プロフィール

宮﨑喜美乃 / プロウルトラトレイルランナー

小学1年生から兄姉の影響で走ることが好きになり、高校・大学では駅伝部に所属し全国駅伝に出場する。引退後、大学院時代に専攻した登山の運動生理学の研究をきっかけに山の魅力にはまる。現在は、プロトレイルランナーとして国内外のウルトラトレイルレースで活躍しながら、世界最高齢でエベレストを登頂した三浦雄一郎が代表を務めるミウラ・ドルフィンズにて、登山者に向けた高山病予防のための低酸素トレーニング指導を行う。登山やトレイルランニング以外にも、クライミング、スキー、サーフィンやスキンダイビングなど、自然の中で遊ぶことを好み、環境負荷の少ない食事や生活、環境問題についても積極的に取り組んでいる。

〈直近の戦績〉
2019年:Oman by UTMB:Oman 3位
2021年:Thailand by UTMB:Thailand 準優勝
2022年:ULTRA-TRAIL Mt.FUJI:Japan 優勝
2022年:Pirin Ultra : Blugaria 優勝
2023年:Tarawera Ultra Marathon : New Zealand 準優勝
2023年:Istria By UTMB : Croatia 優勝
2023年:Hardrock100 Endurance Run : USA 4位

Text:宮﨑喜美乃/田中 嵐洋
Photos:田中 嵐洋

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

Jeep®の最新情報をお届けします。

Ranking