The Future of Freedom 〜本物の自由を見つけた者たちの言葉〜 〈Vol.4 SPORT〉南谷真鈴

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前人未踏の先に見つけたアイデンティティー

11年ぶりのフルモデルチェンジが話題を呼ぶ『All-New Jeep® Wrangler』。Jeep® の歴史を培ってきたこの一台と同じく、揺るぎない信念を持つプロフェッショナルの7人が、進化の先に辿り着いた自らの本物の自由を語るスペシャルインタビュー企画の第4弾をお届けする。今回は〈SPORT〉のジャンルから、世界7大陸最高峰(セブンサミッツ)を日本人最年少で制覇、さらに北極点・南極点到達という“エクスプロラーズ・グランドスラム” を世界最年少で達成した南谷真鈴をフィーチャー。前人未踏のチャレンジを続ける弱冠22歳の南谷が、冒険の先に見つけた自由とは果たして?

アイデンティティーを探る作業が山に登ることだった

冒険家たちの間で“エクスプロラーズ・グランドスラム”という言葉は、長くにわたって尊敬と羨望の眼差しとともに崇められてきた。七大陸最高峰登頂、そして北極点・南極点到達──選ばれし冒険家のみが成し得る大偉業だが、それを世界最年少の20歳112日で達成したのが、南谷真鈴だ。

2015年のアコンカグア(アルゼンチン)を皮切りに、キリマンジャロ(タンザニア)、モンブラン(フランス)、マナスル(ネパール)など数々の名山に登頂し、同年には南極点にも到達。そして、2016年に日本人最年少記録でエベレストに登頂、さらにデナリも登頂したことで7大陸最高峰(セブンサミッツ)の日本人最年少記録を塗り替えた。しかし、それでも南谷の挑戦は留まることを知らない。2017年には北極点に到達──エクスプローラーズ・グランドスラム達成の世界最年少記録を樹立。冒険家が一生を懸けて達成するほどのことを、わずか2年で成し遂げてしまったのだ。

現在22歳、早稲田大学の学生でもある南谷。まったく前情報無しで彼女のことを見た人は、まさかこの可憐な女性が、世界中の山を制覇した冒険家だとは露ほども思わないのではないだろうか。そもそもなぜ、南谷は山に登ろうと思ったのか。それは彼女の中学時代にまで遡る。

「中学2年生のときに、父の仕事の関係で香港の学校へ編入したんですけど、その学校はすべての学生にパソコンが配られていて、授業も宿題もパソコン。あまり自然と触れ合う機会が無かったんですが、そんなときに山と出会ったんです。13歳のときにボランティアを兼ねてネパールに行き、アンナプルナという山の麓までトレッキングしてベースキャンプをしたんです。そのときに見たエベレストがとにかく壮大で美しくて……。あんな山を登ったらどんな景色を見られて、どんな成長を得られるんだろうと思ったんです」

山がもたらす神秘との邂逅。当時、南谷は自らのアイデンティティーに悩んでいた。

「香港のブリティッシュスクールに行くまでも、4年に一度は住む国が変わって、2年に一度は通う学校が変わっていたんです。それこそカナディアンスクールからインターナショナルスクールから日本の学校まで。自分の中のカルチャー、そもそも自分は誰なのかがわからなかった。さらに香港では友人たちとはランチのときでさえパソコンに触っているような特殊な環境だったんです。いま思えばそんな自分にとってアイデンティティーを探る作業、それが山に登ることだった。山が、自分がどういう存在なのかを教えてくれたんです」

最初に登ったのは香港にある山。コンクリートジャングルのような街を、山の頂上から見渡したとき、「私はなんて小さなことで悩んでいたんだろう」と思ったという。その原体験は、のちの南谷に大きな影響を与え、ひとりの冒険家の礎となっていくのだった。

前へ前へ。苦しさを超える達成感とマインドセット

初めての登山を経て、南谷はどっぷり山にのめり込んでいく。目標であるエベレスト登頂に向けてトレーニングに励む日々──結果的に、南谷の努力はもちろんだが、彼女と山の相性の良さは抜群だったようだ。トレーニングを兼ねていながら世界の名山を次々と制覇していく南谷。次第に彼女の夢はエベレストから7大陸制覇、そして“エクスプローラーズ・グランドスラム”へと広がっていった。

南谷にとっての山──それは“先生”のような存在だという。

「ひとつひとつの山で異なることが学べますし、異なる人との出会いによって人は形成されていくことを実感できます。山に登ると、どんな悩みもちっぽけなもので、“自分は地球の一部なんだ”と思えるというか、自然の中にある自分というものを体験できる。いろいろな心の“絡まり”をひも解くのに最適な場所であり、最終的には自分のことを客観的に見ることも学べました」

それでも、これまでの挑戦の中で危険な場面に遭遇したことは一度や二度ではなかった。中でも2015年3月、冬の阿弥陀岳の下山中に250mほど滑落。その間30秒──スローモーションの中、「死にたくない!」と強く思ったその瞬間、滑落は止まり、南谷は奇跡的に無傷だった。

「そのときは資金面も苦しくて、事前に“お前のような小娘には登れない”とも言われて、さらに滑落して。こんなにも見えない山がたくさんあるんだって自信を失いかけました。ただ、そのときに改めて思ったのは、結局はそれでも自分を信じるしかないってこと。そこから鏡に向かって、“私はあなたのことを信じてる、あなたなら夢を叶えられる”って言うことができるようになるまで時間がかかりました。それは家族や友人のサポートが無ければできなかったと思います」

北アメリカ大陸の最高峰・デナリでは、山頂直前のキャンプで9日間の嵐に遭ったことも。暴風でテントが吹き飛ばされそうになるのを支え続けたときは、泣きながら神様に祈った。

「私が過ちを犯したのなら謝るので今回は許してくださいって。私の場合は窮地に陥ると、情けないんですけど泣いて祈るんですよ。デナリは7大陸最後の挑戦で、それも私たちのチームだけがそういう状況だった。相当精神的に落ちていたので、父に“愛してる”ってメッセージを送ったりもしましたね」

山に登ること、それは決して強制ではない。そして諦めようと思えばいつでも諦められるとも言える。立ち向かっているのは山というよりは、自分自身の弱さなのかもしれない。

「その瞬間は苦しいと思っても、登ったあとの達成感には及ばないかなと。すべてはマインドセットだと思うんですよね。プロジェクトに夢中だったときは、振り返ると“あのときはすごい苦しかった”と思っていても、その瞬間の苦しさにとらわれず、常に先の達成感を考えていた。結果的に、全部が通過点になってしまっていたんですね」

とにかく前へ前へ──いま自分が苦しいと思っていても、世の中にはもっと苦しんでいる人がいる。南谷のポジティブなマインドが、彼女の挑戦を常に後押ししてきた。

本物の自由とは、「なりたい自分になれる」こと

改めて南谷に、これまでで最も印象深い山を聞くと、考えたのちに少し意外な答えが返ってきた。

「世界中の山を登って、最終的に美しいなと思うのは富士山ですね。特に10月の富士山で、雪がちょっと積もったころ。風が強く吹いているため雪が圧縮されて、氷のようになってキラキラしているのが本当に宝石のようで。富士山の山頂付近に狛犬とかがあるんですがすごくそれもキレイ。これからいろいろな山を登ってどうなるかわかりませんが、今の私は富士山が大好きです」

さまざまな山に登頂し、数々の偉業を達成してきた南谷だが、現時点で彼女はまだまだ登らなければいけない山があると語る。それも自分自身の中にある山だ。

「生きていると誰もが見えない山に遭遇するか、登っているかのどちらかだと思うんです。振り返ると私はやるときしかやらないタイプの人間で、成長しなければいけないなと思う部分がたくさんあります。たくさんの目に見える山に登ってきましたが、目に見えない山がたくさんあって、なんでこんなに険しく高いんだろうっていう気持ちなんです」

悩みながらもポジティブな精神で困難にチャレンジしてきた南谷。そんな彼女にとって、本物の自由とは、「なりたい自分になれる」こと。

「エクスプロラーズ・グランドスラムを終えて、“南谷さんは次に何をしたいんですか?”って聞かれたときの自分の答えは自由だと思いました」

そして南谷にとって命は、「この人生を最大限に楽しむために与えられた“ギフト”」。南谷は神から与えらしギフトを最大限に享受するため、これからも挑戦を続けていくだろう。

「もちろん山が大好きっていうのは根本にあります。でもそれだけで十分な理由じゃないですか?」

そう南谷は笑う。人は挑戦に何かと理由をつけたがる。ただし、南谷に堅苦しい理由は必要ないのかもしれない。本能に素直に、次々と山に登っていった。そして気付いたときには誰も辿り着けない場所にいた。ただし今でも南谷の根底にあるのは、初めて登った香港の山の頂上で、アイデンティーに悩む少女の心に吹いた爽快な風なのかもしれない。

南谷の言葉からは、冒険家とは超人ではなく、誰よりも人間味にあふれる存在なのだと感じる。インタビューの最後に、「名前もMarine(=海)なので、いつか、本当にいつか世界一周セーリングの夢も叶えたい」と語る南谷の目は、誰よりも澄んでいた。スペシャルインタビュー動画は、Abema TVで配信中。

Text:ラスカル(NaNo.works)
Photos:大石隼土

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